1.医学界を二分して論争中の糖質制限食
2005年に「主食を抜けば糖尿病は良くなる!」という本が発行された。著者は京都 にある高雄病院の江部康二医師、京都大学医学部卒業である。自らの糖尿病を2002年に糖質制限食を実施して治した体験を基にして、開発されたものである。それ以来話題となって、ブームが続いているが、その是非が医学界で論争を呼んでいて、いまだ結論らしきものはない。
2. 糖質制限食とは
1)糖尿病の人や肥満・メタボリックシンドロームの人にベストの食事療法で、それが「糖質制限食」である。血糖値を上昇させる、唯一の栄養素である糖質。できるだけその糖質の摂取を低く抑えて、食後高血糖を防ぐのが糖質制限食の考え方である。簡単に言えば、主食を抜いておかずばかり食べるというイメージになる。抜く必要がある主食とは、米飯・めん類・パンなどの米・麦製品や芋類、砂糖の入ったお菓子類など糖質が主成分のものである。食べて好いものは食物繊維類、肉、魚、乳製品などの脂肪やたんぱく質はよいし、アルコールも日本酒はダメだがウイスギー類は、飲んでもても良いという。
2)具体的には江部康二医師の病院では、3タイプの糖質制限食が有り、その治療目的に応じて使い分けられている。それは、
- スーパー糖質制限食
朝食+昼食+夕食〈3食ごはんを抜く〉 もちろん糖質の多い食材(麺、パン、イモ類、根菜、果物、スィーツなど)や調味料も制限する。糖質の摂取量は、1食あたり10〜20gとし、1日30〜60gを目標にする。
【三大栄養素摂取の目安】 糖質12%、脂質56%、たんぱく質32%
糖尿病の食事療法向き。最も効果がはやく確実に現れる。
ダイエットやメタボ対策の目的でも、はじめにスーパー糖質制限食をすることで、脂肪を燃焼しやすい体質へ変えて、適正体重になったら、スタンダード糖質制限食かプチ糖質制限食に切り替えることを奨めている。
- スタンダード糖質制限食
朝食 or 昼食+夕食〈2食ごはんを抜く〉 1日の糖質の摂取量は、70〜100gを目標にする。
【三大栄養素摂取の目安】 糖質27%、脂質45%、たんぱく質28%
1食だけ主食(GI指数の低い玄米など)を食べることができる。継続しやすいため実践している人が多い制限方法である。
- プチ糖質制限食
夕食〈1食ごはんを抜く〉 1日の糖質の摂取量は、110〜140gを目標にする。
【三大栄養素摂取の目安】 糖質41%、脂質38%、たんぱく質21%
1食抜くだけの軽い制限なので、糖尿病の食事療法には不向きである。
3)一方、北里大学北里研究所病院の山田悟・糖尿病センター長は2013年11月、キリンや江崎グリコ、ローソンなど企業9社の協力を得て低糖質食品の開発と普及を目指す団体「食・楽・健康協会」を設立し、低糖質食品の種類を増やし、糖尿病や肥満を予防するとして、それを「ロカボ」と称している。食後の血糖値を上げないようにすることを強調している。
4)アトキンス・ダイエットというものが、1970年代にアメリカのロバート・アトキンス博士によって、提唱されて当時アメリカでブームとなった。やはりこれも糖質摂取を制限することによって、痩せるというダイエット法で、これを紹介した本が世界で1500万部も売れた。しかし今はすたれてしまった。
5)和田式食事法というものが、1956年に和田静郎という人物が、ご飯やパンなどを摂らずに痩せられることを発表した。日本での糖質制限食のはしりで、当時婦人雑誌やマスコミでも大きく報道されていた。実行者も大勢いたが、今は忘れ去られてしまった。
6)リチャード・バーンスタイン医師(アメリカ)が推奨するバーンスタイン式ローカーボ・ダイエットがある。バーンスタイン医師は12歳の時に糖尿病を発症し、自らあれこれ暗中模索して、研究に研究を重ね、バーンスタイン式糖尿病治療法を編み出すが、医学界からは認められず、一念発起し、医師になることを決意し、医学大学に入り、1983年に開業して、患者の治療に当たり、今も患者を救っているという。「糖尿病の解決」という本も出版している。
3.糖質制限食の特徴
- そもそも糖質制限食は糖尿病患者の食事療法による治癒を目的としたものである。
- それが痩せられると云う事でダイエット効果が大きく前面に出てきて、現在ブームとなっている。子供からお年寄りまで実行者の年齢層の幅が広い。
- 糖質を摂取しないから、血糖値を短期間で下げることが出来る。従来の糖尿病の食事による治療といえば、カロリーを管理制限することが中心であった。
- では何故痩せられるのかと云えば、脳をはじめとして、体の活動エネルギーは糖質が燃えて作り出されているのにも拘わらず、糖質を摂取しないから、体内に糖質がない事態に直面すると、体内では脂肪を燃焼させて、ケトン体というものを産生して、糖質に変えるため、脂肪分が減ってゆく理論である。
- 糖質以外の食品なら何を食べてもよいし、腹いっぱい食べるから食欲を満足させるからイライラしない、ストレスとならない。
- この療法を支持する人たちが、医師、栄養士、医学界など医療関係者まで浸透し、従来の健康療法のケースと異なる。
- ある特定の単品だけを食べるとか、逆に控えるという健康療法と異なり、摂取できる食品の範囲が広いので飛びつきやすい。
- その効果が医学界を二分する位、功罪が分かれているといことは、客観的な明確なエビデンスが確立していないからと、食事療法というものは、複雑な利害関係を含み対立するのは常識。
4. 糖質制限食に対する危惧の声
- 自然界に長年生き抜いて形成された、食性を否定している。
・その1・・・ゴリラ、チンパンジー,猿が果物や木の葉、根を食べて生きて来た。元来炭水化物,糖類を主食にしてきた。人間の歯は、奥歯20本は穀物をすり潰す臼歯、前歯8本は野菜や果物をガブリと食べる門歯、残りの4本は肉や魚肉をかみ切る犬歯であることからも証明できる。
・その2・・・人類の肉食は、ヨーロッパの方へ移動した先祖が農業もままならない極寒の地で食糧を確保するために始めた牧畜生活に由来するものであるが、アメリカでは1940年代に経済が発達し、肉、卵、乳製品の生産が増え、
一方今迄の穀類やイモ類の摂取が減少すると共に、心筋梗塞やガンが増加した為、今は政府が肉、卵、乳製品の過剰な摂取を警告している。
・その3・・・日本の風土で培われてきた日本人には日本人の体質が備わっている。胃の形、消化酵素、腸内細菌などは独特である。ところが欧米食の過食によってガンを始め、生活習慣病が増加した。ファミリーレストランの品揃えは獣肉のおかずか並んでいる現実は恐怖。
- 食べ物には酸性食品とアルカリ性食品に分けられる。中性食品もあるが、糖質制限食の殆どは酸性食品である。ところが血液は弱アルカリ性に維持するように体の生命維持機能が働き、自動的に調節している。酸性に傾きかけると体内の骨のカルシュウムを動員して、酸性を中和させるために、骨が脆くなってゆく。酸性化現象と云えば、前述した脂肪を燃焼させてケトン体を作るが、ケトン体は超酸性物質である為、酸血症という症状が出る。めまい、はきけ、意識不明など起きる。
- 肉類を消化する過程で、胆汁が分泌されるが、それが腸内で二次胆汁酸となって、ニトロソアミンを発生させる。これが大腸がんの原因のひとつで、日本人の大腸がん増加の原因。
- 若干の食物性繊維を摂るにしても、腸内に流れ込む大量の動物性食品は、悪玉菌を発生させて腸内環境が悪くなる。インドール、アミンや硫化水素などの毒素が発生し、腸壁から血液の中に吸収されて、体内に侵透するから、体臭や呼気が臭くなる。おならも臭いのが出る。
- タンパク質の消化や分解には、糖質に比べて、二倍のエネルギーを消耗する。そ
の代謝過程でアンモニアや尿素の処理のために働く腎臓や肝臓が疲弊。特に腎臓の弱い人はタンパク質の摂取量が多くなると腎臓機能低下が顕著となる。又消化の為の体内酵素の浪費につながる。
- 胃腸などの消化器系統が弱い人は脂肪やたんぱく質の消化には時間がかかるし、炎症を起こしやすい。胆嚢にも結石が発生し易い。膵臓にも脂分の消化が大きな負担となる。
- 大量の脂肪が体内に入れば、活性酸素によって、過酸化脂質に変わり、臓器や組織に侵透してゆき、機能を狂わせる。その恐ろしさは世界的に有名な活性酸素の権威である丹羽靭負博士の本を読まれると、その恐ろしさが判る。
- コレステロールや中性脂肪が多いと言われている人が多い。これらの人達に果たしてさらに悪化するという危険性がないのだろうか。動脈硬化が進み、脳梗塞や心筋梗塞が心配になる。
- 炭水化物を摂取すれば便の量も多く、快便を得られるが、前述したように腸内環境が悪い上に便も細くなると、便秘を招く。免疫力も低下する。腸の内視鏡を開発して、今までに30万人の患者の腸を観察してきた新谷弘実博士の本によると、「・・・肉や乳製品などの動物食を常食していると、消化吸収が悪くなり、みるみる腸内環境が悪化してゆきます。・・・そんな人達の腸は柔軟性がなく、硬く、内壁の色はどす黒くなっている・・・」と。
- 糖質制限食は食費が高くなり、お金がかかる。
- 成長盛りの青少年がこれを実行すると、三栄養素とミネラル、ビタミンのバランスが崩れ、成長が歪められる。特に少女が行うと、生理が無くなるという報告もある。
- そもそもこの療法を実行する人達は、糖尿病の糖が出ないようにしたいのか、ダイエット目的で痩せたいのか。中途半端に行っていたり、長期間続けていると、想定外の危険性をはらんでいる。この人達はそもそも食べ過ぎなのである。何故この方法を選択するのだろうか。外に幾つもの選択肢が有る。例えば西式甲田療法などが適当だと思う。
- このやり方に警鐘を鳴らす人達の本がある
この3冊以外にも多くの反論の本が出ているが、3氏の経歴を紹介すると。いずれの方々も長年食事療法一辺倒で病気に対峙してきた人達であるから、その理論的主張には説得力がある。
★石原結實・・・2年ほど前まで昼の思いっきりテレビに出ていた。長崎大学医学部卒。伊豆で断食療法や東京でクリニックを開院、今迄多くの業界の人達が治療に訪れている。
★幕内秀夫・・・東京農業大学栄養学科卒。帯津三敬病院、御茶の水クリニックなど多くの病院の食事療法を30年以上指導してきた。
★松生恒夫・・・東京慈恵医科大学卒。松生クリニック院長。大腸内視鏡検査を4万軒以上行ってきた権威。
5.まとめ
1)この糖質制限食が発表されてから、10数年経過したが、この論争が何時まで続くのか見当がつかない。平行線が続く可能性大である。しかしこの食事療法が現代医学の薬一辺倒の医者達に興味が持たれだしたと云う事は異例だ。
2)ただ怖いのは、前述したように、本来持つその土地の人達の食性を根本から否定するような要素が有るため、ひとつ間違えると、身体に大きなダメージを負う危険性をはらんでいるから決断は慎重を要する。人生何事も重大な決断を下す時は、双方の意見をよく比較検討して、選ばないといけない。
3)糖が出ないようにするのならば、短期間実行して、達成した後も、継続するのか、それとも従来の悪食に戻るのか。そもそも糖尿病や肥満になるのは、間違った食習慣に原因があったわけだから、それを改めるのが正論で本筋である筈。都合の悪い事に眼をつむるのはよくない。
4)ブームも10数年経過すると、これからはこの療法によって、害をこうむった人
達の声が段々多くなるのが世の常である。どうなることか、興味深く推移を見守りたい。
5)健康管理の基本原則を列挙すると。
- 健康法というものは生涯継続するものである。
- どんな人にも適用できて、障害が起きない事。食事療法にしても、健康体操にしても。
- 自然の摂理に順応し、かつその土地の風土に育った人には、その土地にて摂れ
る食物で生かされていること。即ち身土不二、全体食、旬の食物が基本。キリン,象、牛や馬に主食の草を食べさせるのを止めさせて、肉食をさせる様なことは出来ますまいに。
- 食品の構成は、日本人には、三分づき玄米、緑の葉物、根菜類、ゴマや豆類、小魚、海藻、味噌や漬物、梅干し、季節の果物など。生水。そして少食が基本であること。
- 生きたものを摂る。即ち生野菜、大根おろし、長芋のおろし、果物、味噌、納豆や漬物類の発酵食品。生物界の大原則は「生きたものは生きたものに養われる」である。
- 食事の量は、腹八分とする。今我々が罹っている病気は全て食べ過ぎが大きな原因である。
6)糖質制限食を上述した基本原則に照らしてみても、矛盾を感じないだろうか。どこに肉類ならOK、アルコールもOKはおかしい。チェックすべきことは、こんなことで、きれいな血液が作れるのか、柔軟な血管になるのか、腸に悪玉菌が増えないのか、便秘せずに快便であるのか、皮膚がきれいであるのか、過食と過飲、腸内腐敗で活性酸素を増産していないのか。
おわり 2017年3月12日