1.日本の百寿者数
昨年の調査では、今日本の百寿者(百歳以上の人)の人数は、65,692 人になった。ここ10年で急激に増えてきて、今後更に増加していくと見込まれている。男女別の割合は男性が20%、女性が80%となっている。そして80%の人は寝たきりで、何らかの介護をうけている。今では百歳まで生きることは夢ではない時代かも。しかし確率的には一万人にひとりと厳しい。
2.今までの長寿者になるための条件
1)日本の長寿村の山梨県の棡原村(ゆずりはらむら)の場合
今は山梨県上野原市棡原町となっている場所が有る。昭和43年に甲府市の古守病院長の古守豊甫氏と東北大学医学部の近藤正二教授によって調査されて、長寿村の折り紙が付けられ、全国的に有名になった村である。古守豊甫氏の本に掲載された記事によると、
「鶴川の河岸段丘に発達した棡原は山紫水明、耕して山頂に到る。古来、村人は健康で人情に篤く、粗衣素食、耕雲種月の日々を楽しみ、穀菜食を主とし、肉食を嗜まず、女性は多産且つ母乳豊富、老人は皆天寿を完うし、家々は山の斜面に沿うて建ち、昔から田を作ることが出来ず、食生活は麦を中心としたアワ、キビ、ヒエ、トウモロコシ、小豆、大豆、ソバなどの雑穀とジャガイモ,サトイモ、サツマイモ、ヤマイモ、コンニャクと豊富な野菜、山菜が中心である。保存食として昆布、ワカメ、ヒジキを良く食べる。味噌や豆腐は自家製である。斜面の耕作地を登り降りして、体力を養い、粗食と労働が長寿の素因となっている。人の寿命は食べた野菜の量に比例する。」。8,90歳まで元気な秘訣がここにあった。勿論ガンになる人も認知症になる人も居なかった。
ところが昭和28年に立派な道路が開通すると、その後20年もしないうちに、物質文明という悪魔がやってきて、今まで食べたこともない白米、肉だ卵だ牛乳だ、ハム、ソーセージ、バター、チーズ、パン、カップラーメンだ、ポッキー等々に若者は飛びついた。しかしいまさら老人たちはそんなものは食べない。若者たちには肥満、高血圧、糖尿病を発症して、そして更に10年経つと、「逆さ仏」という悲劇が始まった。老人は元気なのに、子供が先に死ぬという現象である。こうして長寿村は崩壊してしまったのである。
村に立つ長寿村棡原の石碑(写真左)
棡原のお年寄りを診察中の古守豊甫医師(写真右)
2) 東北大学医学部の近藤正二教授の著書「日本の長寿村・短命村」より
近藤正二教授は昭和12年から昭和47年までの36年間、北海道から沖縄まで全国990の町村をリュックを背負い訪ね歩き、生活習慣と寿命の関係を調査し、まとめたのが、この本である。当時ロングセラーとなる。近藤博士は勲二等瑞宝章も受賞されている。
この本によると、結論として日本の長寿村の生活をまとめると、陸中と、海岸部では食生活に違いがあるが、総じては、
・自給自足で野菜を作り、多く食べている。なかでもニンジン、カボチャ、ヤマイモ、さつまいも等。
・小魚を食べている。
・大豆料理が豊富にある。
・海藻やゴマを食べている。
・白米を大量に食べない。雑穀やイモ類を食べている。
・肉は少量、それもゆでこぼして、脂肪を減らして食べる。
・年を取っても良く働く。地形が傾斜地に長寿村が多い。私見だが脚の裏側が伸びると、血流も良くなるし、脚に来ている多くの経絡を刺激して、特に便通が良くなる。
・空気がきれいで、日当たりがよく、ストレスが少なく、明るい性格の人が多い。
・この本では、短命村のことも書かれているので、比較してこそ問題点が浮かびあがっている。
3)世界の長寿村からのヒント
これまで世界の長寿村として有名な場所は三か所ある。日本からも多くの医学者たちが調査に赴いていることで有名になった場所である。その場所とは、
(1)南米エクアドルにあるビルカバンバ・・・インディカ米、トウモロコシ、芋、ヒエ、アワ、、発酵させた大豆,良水、生野菜など食べている。山岳地帯にある。
(2)ロシアと中国の国境近くに位置するパキスタンのフンザ・・・新鮮な果物、雑穀パン、生野菜、豆、牛乳、乾燥させた果物、肉少々、自家製ワインなど。ここもまた山岳地帯で坂多し。
(3)カスピ海と黒海に囲まれたグルジアのコーカサス地方・・・カスピ海ヨーグルトの発祥地、未精白の雑穀類、トウモロコシから作ったパンやナン。生野菜、チーズなどの発酵食品、肉少々。ここも山岳地帯。
これら三か所の長寿村の共通点は、
- 山岳地帯で空気がきれい。坂を上り下りして、高齢になっても働く。
- 水がきれいで、ミネラル分が多い。
- 自家製の新鮮な生野菜を食べる。果物も食べる。
- 精製されてないとうもろこし、雑穀類を食べている。
- 発酵した乳製品を摂る。
- 肉はあまり食べない。
- 豆やナッツ類を食べる。
- 砂糖は摂らない。
3.最近の研究で明らかになった百寿者の条件
近年老化防止や長寿の研究がいろんな機関で盛んになって、テレビでも時々この問題について放映されている。それらの中からこれはと思われる参考事例を以下紹介すると。
1)百寿者の健康診断から解ったこと
- 慢性炎症の程度を表すCRPの数値が低い。炎症には怪我をした時などに腫れ上がって起きる急性炎症と、加齢と共に細胞が老化してくると、炎症性サイトカインによって引き起こされる炎症が身体至る所に起きるが自覚症状はない。これを慢性炎症と呼んでいる。
- 微小循環が良好である。微小循環とは毛細血管の中で起きている目に見えないレベルの細かな血流の事。以前説明した毛細血管やグロミューがボロボロになっていない。
- CTRA遺伝子群を持っている。この遺伝子は何かストレスを受けた時に働きを強める。満足感を得た時はその働きが弱まるが、働きが弱まった時に、慢性炎症が抑えられるという。そして満足感でも食欲、買い物、性欲、娯楽などの快楽型の満足感は炎症を促進し、生きがい型満足感の時は、炎症を抑える。生きがい型満足感とは、ボランティア活動とか、家族を大切にするとか、前向きにクリエイティブなことをすることである。
- 血液中の生理活性物質のアディポネクチンの量が多い。その働きは糖尿病、動脈硬化、炎症などを抑える効果が有る。内臓脂肪の多い人は分泌量が少ない事が判っている。
2)百寿者の生活習慣
- 高齢になっても体を動かしている。このことを身体活動と表現している。地形が斜面になっている地区に住んでいる。体に一定の負荷をかけている。
- その土地の風土に合った伝統的な食べ物を摂っている。
- 幸せの感情を抱いている。ブツブツブツとグチをこぼさない。悲観的な考えを持たない。
- 胃腸が丈夫で食欲が有る。これは活動しているから空腹になるのかもしれない。結果的に腸内環境が良好である。便秘や宿便のある人は少ない筈だ。
4.日本人には日本人の体質がある。それを活かした健康法とは
1)最近出版された奥田昌子著「欧米人とはこんなに違った日本人の体質」という本が有る。
副題は「科学的事実が教える正しいガン・生活習慣病予防」となっている。著者の経歴は京都大学大学院医学研究科修了、医学博士,内科医。
2)欧米人とはこんなに違う日本人の体質
- 内臓脂肪が付きやすい体質、一方欧米人は皮下脂肪が付きやすい。内臓脂肪が多いと、血糖値が上がる、血圧が上がる、動脈硬化、心臓病になり易い。地中海食が健康に良いと勧める人がいるが、オイレン酸のオリーブオイルには悪玉コレステロールを上げにくいとかいうが、しょせん油であるから摂り過ぎは良くないし、オイレン酸は肝臓で合成しているので、意識して摂る必要はない。以前地中海食を欧州のイタリヤ、フランス、ドイツ、イギリスの人達に摂ってもらい、実験したところ、イギリス人には効果は無かった。何故ならイギリスは地中海に面しておらず、風土が異なり、体質が違ったからだった。
- 日本人はアルコールの分解酵素の少ない人が4割いて、酒を飲むとすぐ赤くなる人は発ガンなどのアルコールの害を受けやすい。ところが欧米人は100パーセント近く酒に強い酵素を持つ。日本人は赤ワインのポリフェノールが動脈硬化を防ぐとか言われて飲むか、或いは発ガンを選ぶか、あなたはどっちにしますか。
- 日本人には牛乳の乳糖を分解するラクターゼ酵素を7割の人が持っていない。乳糖不耐症というが、下痢やアレルギーなどになり易い。遠い先祖の時代から遊牧民族でなかったから備わっていない。乳製品の混じったヨーグルトを飲んでいると、眩暈、抑うつ、下痢、肌荒れなどの症状が出てくることが有る。医者でも疲れやストレスとして診断を下すことが有るが、これを遅延型食物アレルギーという。
- 日本人には腸内細菌の善玉菌が多く、悪玉菌が少ない。これは遠い先祖の時代から農耕民族で穀物中心の食生活だったことによる。肉や乳製品は腸内で腐敗しやすく、悪玉菌が増える。
- 日本人は遺伝的にカフェインによって、情緒不安定になる体質を持つ人が半数以上いる。4人にひとりが150mg摂取で不安定になる。欧米人はそんな人は少数派である。ご存知の様にカフェインの害は恐ろしく、利尿作用で水分が抜けて肌荒れ、副腎疲労、交感神経亢進し、情緒不安定、胃炎、老化を早めるなど多くの害がある。一時的に疲労が抜けた感じがするだけである。
- 日本人は欧米人よりも糖尿病になり易い体質をもつ。インスリンの分泌量が欧米人の半分から4分の1である。今日本に予備軍を入れて糖尿病の人が2200万人いる。
- 日本人の胃は肉を消化する力が弱い。日本人の胃は釣鐘型に対し、欧米人はすっきりした形で、胃壁も厚く、胃酸の分泌量も日本人の倍位と多く、食べたものを速やかに処理して、腸へ流す。これに対し日本人の胃は出口も高く、しっかり溜めて消化するタイプになっている。これも太古からの食生活の違いによるものである。
3)体質とは何か
- 体質を決める要因はふたつあり、ひとつは持って生まれてきた遺伝的体質、もう一つは環境的体質である。このふたつがミックスされてその人の体質が決まっている。だから人種や風土、生活環境が違えば体つきも精神的性質も発症する病気も異なって当然なのである。欧米人は髪の毛の色、眼の色、肌の色、体つき、背の大きさも日本人とは異なる。それらを作り上げた遺伝子も、内臓器官も働きは日本人とは同じではなかったのである。
- 遺伝的要因も変えられることが出来る。例えば病気になり易い遺伝的要因を持っていても食生活を含む生活環境要因を改善すると、遺伝子のスイッチを切り替えることが出来る。これをエビジェネティクス現象という。双子の兄弟がかけ離れた別々の環境で生活しているケースによっても、証明されている。しかしすべての遺伝子に適用できるかは今後の課題だという。
5.まとめ
1)結論として言える事は、日本人には日本人の伝統的な生活習慣から、長所となっていることは、今後も生かしてゆかねばならない。欧米式の食生活の鵜呑みがけっしてわれわれの長寿を約束してくれてはいない。飽食して、やれ肉や牛乳や砂糖や酒が強いとかは、皆今ガンを始め、高血圧、動脈硬化、糖尿病、アレルギー疾患の原因であることに、早く気付いてほしい。
2) 福沢諭吉は「肉食之説」という一文を書いている。その一部分を意訳すると、「・・・いまわが国民は肉食しないために、体の活力を落とすものが多い、これは一国の損亡である、・・・肉と牛乳を摂るべきだ・・・」と。福沢諭吉は生涯に三度欧米に行っているが、欧米人の大きい体格に圧倒されて、彼らの常食している肉食が活力の源であると信じたようだ。学問のすすめならぬ肉食のすすめを書いてしまった。
3)長寿の条件と裏腹になるのが、短命者の条件で、列挙すると、*大食、*タバコや酒の過飲、*甘いもの過食、*身体活動不足、*骨格の歪み、*ストレスに弱い、*偏食、野菜不足で肉食や油分の摂り過ぎ、*進取の精神に欠ける、*肥満又は痩せすぎ。
4)体の色々な臓器や器官は全て繋がって、生命活動を行っている。トータルシステムであるから、何か一つの事だけすれば改善されるほど単純ではない。健康管理はトータルバランスが大事。
5)「これ位なら大丈夫だろう」と薬を服用しながら、自分の置かれている状況を軽く見て、誤食に口を染めていては、根本解決にはならない。体の悲鳴に耳を貸す心のやさしさを持とう。
6)今回出てきた慢性炎症とアディポネクチンのことは、別の機会に詳細説明したい。
おわり